オープンでソーシャルな生き方

近年、「オープンでソーシャルな生き方」というのが自分のテーマだと言ってきた。

単にゴロが良いからというのもあるのだが、割と本気で言ってきた面も実際ある。

どうとでも捉えることができそうな言葉だが、自分として意図してきたのは、端的に言ってみれば「裏表のない生き方」であり、お天道様は見ている的な感覚である。

こういったことを言い出す契機になったのは、なんといってもソーシャルメディア、特にtwitterの盛り上がりを迎えた時期に、twitterによって新しい出会いをいくつも経験できたということがある。例えば、高校の同級生にtwitterで再開し、学生の時以上に親しくなったこと。twitterで知った勉強会に参加したことで、仙台のWeb系で活躍している人たちの貴重なコミュニティに入れていただいたこと。リアルの場で初めて会った人だけど、twitter上ではお互いに認識し合っていたので、一気に意気投合したこと。思えば、前の前の会社に入社したのも社長と知り合ったきっかけはtwitterだったし、直接仕事につながったという経験もした。もちろん、パーソナルブランディングということを意識していた面もあるが、多少大げさな表現をすれば、盛り上がっていた時期のtwitterは出会うべき人と必然的につながれるような醍醐味を感じたものである。

また、一昨年に当時勤めていた会社が突然に倒産した時に、Facebookでその報告をしたことによって、時期的なものもあるけれども、すぐに就職サイト関係のライターの仕事や、Webの企画、進行の仕事など振っていただき、大いに助けられた。そして、昨年の自宅の火事の後、これもFacebookで報告したところ、感謝してもしきれない程、皆様から大変に温かいお気持ち、お言葉をいただき、大いに励まされた。

正直なところ、倒産の話や、特に火事のことなどはあまり大っぴらにしたくないという気持ちも強かった。それでも、あえてオープンにしたのは、スマホソーシャルメディアが普及し一般化したことで、もはや誰でも知れる情報はいずれ分かるし、パブリックな情報はもちろん、情報の経路がパーソナル化してきたこともあって、パーソナルな情報も自分が伝えなくても、他のところから伝え知られるようになってきていると感じているから。twitterとかでの炎上事件など見ても、今や本気出して色々調べればネット上だけでも、色々と痕跡を辿ることも可能なのだ。もはや、ネットとリアルは別個のものではないし、切り離して考えるものでもないのだ。ある意味、ネットであっても下手なことは言えないし、言葉や振る舞いにも気を遣うのが煩わしく感じることがない訳でもない。人によっては、ネットと距離を置く、あるいは貝になるという選択肢を取っている人も多いだろうし、それも間違いではないと思う。だが、ソーシャルメディアの醍醐味を知り、恩恵を与った者としては、デメリットを意識して距離を置くよりは、メリットを享受するためにも、そこに身を置いておきたいという気持ちの方が強い。だからこその、オープンでソーシャルな生き方というテーマなのである。

先日のエントリーにしても、さらっと書いているように見えるかもしれないけど、自分の中では結構な葛藤があった。だが、この先のことも考えると、書いておくべきだという結論に達した次第である。当然、リアルの縛りも出てくれば書けない話や制限される面はあるのだが、今年はオープンでソーシャルで生き方というのをより軽やかに模索していきたいと考えている。

 

P.S

ブログを見てかどうかは分かりませんが、おかげさまで、ここ数日の間に各方面からライター仕事の依頼や、Web絡みのご相談、新しい取り組みへのお誘いの話などいただきまして、誠にありがたいかぎりです。感謝申し上げます。